中村天風について学ぶための文献を網羅しました

 
 
想とは辞書( 新明解国語辞典 第5版 )を引いて調べてみると「 目を閉じて雑念・妄念を退けて、深く考えること 」と書いてあります。

 広辞苑( 第二版 補訂版 )では

 「 目を閉じて静かに考えること。現前の境界を忘れて想像をめぐらすこと 」とあります。


 一般的には目を閉じて、心を静かにしたり、心地よいことを映像化してそれに没頭することが瞑想だとされています。
 
 
瞑想もどういう目的で、何を求めて実行するかで得られる結果が異なってくるのかもしれません。


 
※私は天風会員ではないけれども、安定打坐法などの瞑想を実践して感じることは
 
風という方の考案した瞑想( 安定打坐法 )は、

 
想像をめぐらせたり
 静かに考えたり・・といった趣きのものではありません。

 



心の態度を積極化させ心を安定化させる力を強くする手段として

 
かつ

上蓋のように覆いかぶさった雑念・妄念を雲散霧消させ

 その上蓋の内側に存在する 原則を常に指し示す
 内的コンパスとしての
澄み切った純真な囁きである
本心、良心を煥発( 発動 )させ氣づかせ、人格に練り込ませるために瞑目をすることを第一義としている点が他の瞑想とは大きく違って特徴的だと感じています。
( 私見ですが )

( 音 )を利用することで

 自我意識の心で思ったり考えたりする働きを強制的に止めて


 三昧の境涯にポーーーンと達入させ

その波紋の収斂した空隙にじっと浸り沈黙を保守することで

 尊く明るく強く清くなりたがっており、ひとつになりたがっている心と身体をひとつにまとめて使うときの一大障害物である自我意識の思考の雑音・妄音を排除して無念無想になり、出たくてうずうずしている本心・良心を引っ張り出されやすくするために安定打坐法を考案なさったようです。

 
 深い特殊な意識( 境地 )の状態をすぐに連想しがちな瞑想というと・・

 昔から
世間と隔絶した環境に身を置いて厳しい修行を伴うというような観念が付いてまわりますが


 中村天風という方が編み出した心身統一法の体系にも組み込まれている安定打坐法という瞑想方法は

余りにも簡単なので拍子抜けしてしまう
ほどです。

 しかし、天風先生は唯一無上の方法として薦めていたそうです。


 ※・・瞑想とかについてもチラホラご質問があるのですが、優れた師につくならともかく
 とりとめのない(非合理的で非現実的な)夢想・・空想癖のあるような方やらは映像化的な瞑想は避けたほうがいいかと思います。


  ただし、天風哲人の考案した安定打坐法は、そういう瞑想に向かないタイプの方でも対応できる方法です。

  この安定打坐法という瞑想により心身統一を妨げる障害物である理屈を本位とする心性意識のなかや
本能的な肉を本位とする肉性意識のなかにしこたまたまった消極的な雑念・妄念の粗雑なノイズを・・心身統一法を熱心に実践することで除きつつ実修していくと( 内側から )自覚正念という精妙な・・常に清新なほのぼのした何かが出やすくなります。

  本心が煥発され、本質が出やすくなって、肉体感覚や自我意識の心や身体の他の心の背後にある「 もうひとり本当のことを知っている本体の我 」を自覚できやすくなるというのです。

  我とは何ものか?という本質を実地で体験し、焦らず弛まず練習することで、その本質の意識が保守されやすくなることも瞑目の目的のひとつにしているとも言えるかも知れません。


 安定打坐に限らず

 じっと沈黙を守る瞑想が素晴らしいと感じるのは、見栄や外聞という雑念から離れることで、こだわり、縮こまっていた自分が消え、主観と客観の世界の境界( 自我境界線 )が消え去る体験を積み重ねていくと
 泰然自若とした内的安定性のある


おおらかな自然体の自分が出てくることです。

 

 現代人は無意識のうちに心が緊張を強いられており、過度に働きすぎている神経系統が、自然治癒力を弱め、心身の変調をおこしていると言われています。
 


 心を特殊な心的状態である瞑想状態に至らせる方法はいろいろありますが


 いずれも、外からの感覚刺激をなるべく遮断し、運動・知的活動を制限するか、同じ動作や呼吸に意識を集中させることで心を特殊な状態に誘導する方法がほとんどです。

 代表的な瞑想方法を挙げてみましょう。


 座禅 : 今そこで何が起こっていようとも雑念・妄念を湧かせたままにして、あるがままを受け入れ静寂な意識を保ちながら座り続けることで、無我無念からやがて無念無想の瞑想状態へと心を誘導する方法


 ヨガ瞑想法: 調身( 身体を整えること )と調息( 呼吸を整えること )によって自分の観える身体や呼吸に意識を集中することで、神経系統を弛めて、身体につながった心を無念無想の瞑想状態へと誘導する方法


 TM瞑想( Transcendental Meditation の頭文字 で日本語 に訳すと超越 瞑想 ):安静を保って楽に目を閉じ、マントラ( 呪文 )と呼ばれ心を純化する単純なフレーズのなかから、資格のある教師によって秘密裏に与えられた、その人に相性のいいマントラを心の中で軽く想うことを繰り返しマントラになりきることで生じた振動が通常の活動を超越した純粋意識状態へと連れて行くというもの。
 
 



 方法論からこのTM瞑想を類推すると・・


 マントラを頭の中で想うことで、「 いろんな雑念 」が心に浮かぶのを抑制し、かつ軽く想うことを反復して繰り返す間隙( 一瞬 )に想念の振動が消失して無我無念の状態になって、至高至福の穏やかな喜びに満たされた純粋意識状態へ到達するという原理ではなかろうかと思います。


 無我無念の状態に心がなると心の活動が休むため、その一瞬神経系統もストレスから解放されるということかもしれません。

  ゴッスンベンチャー世界一への旅 私の意外な習慣 の記事によるとTM瞑想は、クリントイーストウッド、ビルゲイツ、ヒラリークリントン、ゴア元副大統領、ビートルズ、ソニー創設者の井深 大、京セラ創設者の稲盛和夫、へザーグラハム、ビルフォード等が実践しているようです。

 安定打坐法:心身統一法の体系のなかで天風先生が考案した独特な瞑想法で心身統一法 安定打坐法 によると
 ( 引用 )
 安定打坐の目的は、通常、雑念や妄念にとり囲まれている心からこれらを取り除き・・じっと心を沈黙させることで心の元にある「本心、良心」を発現させることです。

 これによって人間の真の主体性が確立するといっています。



 また天風先生によって、座禅でも難しいと言われる無念無想の境地に、簡単に入るための方法が考案されています。
 ( 引用終わり )
 とのことです。

  ( 雑念を離れて心を澄ませることで )奥深いところから湧きあがる精妙な真意というか・・本心( 真意 )を感知し感じとることの出来る方法と言えるかもしれません。

  観念の動き( 思考 )が止まるので

 自己意識が心・・及び感覚から離されて


( 焦らず弛まず訓練することで )

意識が

道具ではなく、我の本体に向かいやすくなる・・と言えるかもしれません。

方法は、上記のページをご覧いただければおわかりだと思いますが、

( ※ブザー音を一心に聴いて、音が途切れた刹那に自らの生命をゆだね浸し、じっと座るだけです )



 この瞑想での意識の過程は次のような心の状態を辿ります。
 

 通常の雑念妄念( 多心 )→有我一念( 一心 )→無我無念→無念無想( 無心 )→三昧境

 という心の状態を経て心を特殊な境涯である瞑想状態( 三昧境 )へと瞬間的に誘導する方法です。
 
 もうちょっとくだけて表現するなら


 あなたも心の精神統一( 集中状態 )が破れて、氣が散りやすくなると聞きたくもない雑音が氣になったり、テレビのなかの会話に、ふと聞き入っている自分に気づいたことはありませんか?
 言い換えれば

 集中したいのに集中出来なくて、集中したくないものに集中してしまうというジレンマというか矛盾を感じたことはないですか?
 
 安定打坐法は、そういう心の習性をちゃっかり、しっかり利用する方法です。

 ついつい音に聞き入ってしまう心の習性を利用するということです。

   まず、ブザー音に集中し・・その音( 対象 )で心をいっぱいにします。

   あるもの( 対象 )に心を集中をさせ没頭させます。


   雑念を拭おうと思わないで

   集中しているもの( ブザー音 )で、心を充満させる( すべて満たす ) ということです。( 有我一念 )

   そういう


    心を充満させ( すべて満たしている )心の状態のときに
  
満たしている音( 対象 )そのものをいきなり取り払ってしまったら、
   心はどうなるかというと・・


   心が音ですべていっぱいになっている・・
いっぱいになった音が、ぷつんと途切れて取り払われたら

一瞬だけですが、心のなかには、何にも無くなる( 無我無念 )わけです。
それが無念無想の入り口なのです。これが、天風という方が考案した安定打坐法という瞑想法です。
 盛大な人生( 中村天風述 日本経営合理化協会 )や神人冥合というテープに詳述されています。
 
 また「 安定打坐考証 」にも詳しく書かれています。




さらに


 下記サイトページに記載した赤丸凝視法も

氣ばらず、力まず


 首、肩、腕・・そして眼の力を抜いて


 重心を下げて、意識を臍下の丹田に置いて



赤丸の中心付近をじっと30秒間くらい凝視します。



すっと目を閉じて



 瞼の裏に映じた残像が消える瞬間まで残像を追いかけ続けること

 

雑念妄念( 多心 )→有我一念( 一心 )→無我無念→無念無想( 無心 )→三昧境

 という心の状態を経て心を特殊な境涯である瞑想状態へと誘導する方法です。
 


ストレスに打ち克つ自己暗示&自己催眠




凝視した後にそっと目を閉じて

 瞼の裏に映じた残像に集中し・・その残像( 対象 )から心を離さないで


心を固定し、いっぱいにします。

   

   雑念を拭おうと思わないで、あるもの( 対象 )に心を集中をさせ没頭します。


   集中しているもの( 残像 )で、心を充満させる( すべて満たす ) ということです。( 有我一念 )

   そういう


    心を対象で充満させ( すべて満たしている )心の状態から
  

   満たしている残像( 対象 )そのものが薄らいでいって

 消えてしまったら




  


  心はどうなるかというと・・


   心が残像ですべていっぱいになっている・・



   残像に集中することでいっぱいになっていた心が、残像が消えてしまった刹那は





一瞬だけですが、心のなかには、何にも無くなる( 無我無念 )わけです。



それが無念無想の入り口なのです。

音を利用するか図形を利用するかだけの違いで

安定打坐法 と原理は変わりません。

この方法も、安定打坐法同様に、雑念妄念を排除して本心・良心を煥発させるという目的としても使えるはずです。


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